今回は、少し古文の入ったものを紹介したいと
思います。
☆ 次の文章を読み、後の設問に答えよ。
宣長は「やまと魂」の所有者として、自分を国学に
開眼させた僧契沖をあげた。(a)業平が臨終に詠ん
だ「つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日今日とは
思はざりしを」の歌を、契沖が「一生のまことがこの
歌に現われた」とたたえたことを捉えて、
大和魂なる人は、法師ながらかくこそありけれ。か
ら心なる神道者・歌学者、まさに(b)かうは言はんや
と言った。宣長が契沖に見た「やまと魂」または「やま
と心」は、あらゆる先入観念を去って@ムクにして無私
の心、あるいは「まごころ」である。その心のすがたを
宣長は朝日ににおう山桜の純粋な美しさとして、まざ
まざと思い描いていた。それは時に応じて生き生きと
わき出す、軽やかでAジュウタイせぬウイット(注1)
に富んだ心であり,その匂いやかな新鮮さが、山桜を
連想させるのである。
「やまと心」に対する言葉は、(c)彼によれば「から心」
であり、それはものごとの判断に何時も漢籍などで仕
入れた観念が先行してしまう心、「まごころ」に対する
「さかしら心」とも言うべきものだ。( イ )芭蕉の「松の
事は松に習へ、竹の事は竹に習へ」という言葉につい
ても、同じく「〔 〈1〉 〕なる人は、僧形ながらかくこそ
ありけれ」と言えただろう。 ( A )
( ロ )「から心」とは、おそらく彼のBゾウゴなので
ある。平安末期から鎌倉初期にかけての用語例を見
ると、「やまと魂」または「やまと心」に対する言葉は
「からざえ」である。 ( B )「やまと心」を「皇国魂
(みくにだましい)」として強調するもとは、〔 X 〕の
「やまと」と「から」との対立図式の中にあった。だが
それが「やまと心」と「 〈2〉 」との対立なら、それは
「魂」または「心」と「才」との対立が主体であって、
「やまと」と「から」との対立は副次的であ。( C )
ここで詳しく言葉のCセンギに入るわけにもゆかな
いが、簡単に言えば、「 〈3〉 」とはDタクみに世
に処して行くための、( ハ )天分とも言うべき才
幹、( ニ )精神力、「 〈4〉 」とは書物の上の学
問や技芸の才である。「からざえ」という言葉は、
鎌倉初期に「愚管抄」や「古今著聞集」などに初
めて現われるようだ。当時学問といえばまず唐
士の学問だからそう言ったので、( ホ )世に処
して行く上には第一義的必要ではない。
ブッキッシュ(注2)な知識のことである。
(山本健吉の文章より)
(注1)−頓智。機知。酒落。
(注2)−本好きの。机上の。
問一 〈1〉と〈2〉に入れるのに最も適切なものを、
次のなかから選び符号で記せ。
ア からざえ イ やまと心 ウ から心
エ まごころ オ さかしら心
問二 傍線(a)「業平」に係わるものを、次のなか
から選び符号で記せ。
イ 『落窪物語』 ロ 『伊勢物語』
ハ 『竹取物語』 ニ 『土佐日記』
問三 傍線(b)「かうは言はんや」とあるが、
「かう」の指示する部分を文中よりそのまま
抜き出し書け。
問四 傍線(c)「彼」とは誰か。人物名を書け。
問五 (イ)〜(ホ)に入れるのに最も適切なも
のを、次のなかから選び符号で記せ。
a あるいは b たとえば c もちろん
d 要するに e なかば f だが
問六 〈3〉と〈4〉に入れるのに適切な言葉を
文中より捜し出し書け。
問七 次の文章は本文中より抜き出したもの
である。入れるのに適切な箇所を(A)〜
(C)の中から選び符号で記せ。
「やまと心」と「から心」とを対立語として
見れば、それは同じく「心」であって、対立
は形容語の「やまと」と「から」とにある。
問八 〔X〕に入るのに最も適切な人物名を書け。
問九 傍線@〜Dのカタカナを漢字に直せ。
(1995年度 愛仁会看護助産学校)
この学校は、形式は今も変わっていません。
posted by samkhya at 14:21| 大阪

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看護医療系の入試
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